出づる湯の歌を作った際の事情など

昨年の11月 箱根にいる時に「九頭龍の森の詩から1年経つので。また新しい歌を作りたい」というイメージが浮かんできて。
その際、吾輩の胸の中から、温泉が熱く尽きることなく湧く画と。それが天女の愛の姿なのだという言葉が届いてきました。 
そのイメージから。一定の詩の形をとるまで。吾輩の修行の未熟さゆえですけれども。それが詩の形になるまでに時間がかかりました。

ずっとツイしていたように。クリスマスまではキリスト教系のお付き合いが多く。出づる湯の歌を作るような心境になかなかなれなかったのですが。新年を迎えて、少し落ち着いたところで。すでにツイポスしておりますが。早朝3時半から4時半頃に目が覚める日が続いたとき。目覚めた直後に心に浮かんだイメージがあり。それが詩になっていきました。

ただ #天人女房たん の与えるイメージがとてもスケールの大きなもので。火と水の豊かな箱根という土地が、どんな意味を持って形作られたのか。彼女は知っているような印象さえ受け。
吾輩の未熟さゆえに、一度には形にできず。早朝やお昼など、数日に分けて短くツイしたもを徐々にまとめ。言葉を整えながら、完成形にしていきました。

困ったのが。「ゆかはみず(神事の水 温泉)」「斎く(いつく)」「常世(とこよ)」「函嶺(かんれい 箱根の意)」など、最初に受け取ったイメージを。そのまま使って良いのかどうかという点で。なるべくそのまま残しつつ。現代の人に、なんとかイメージだけでも伝わる使い方というのを考えました。ここはいつも、苦心するところです。 何しろ現代の人は、吾輩を「この方は“俳句”を詠む人です」と紹介したりするくらいですからねえ。 ※短歌と言うべき

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック